カテゴリー別アーカイブ: ひろちゃんの日記

残して置きたい・・モヘアとソメコ、ソメタ、ミミの話

 

この夏、ソメコとソメタ、そしてミミを産み二十二年の長寿を全うした母猫が八月五日に初美に見守られながら静かに亡くなった。

膳所駅で捨てられていた猫のうち最後に残っていた子猫が初美の元に来た。だから、しばらくはお店にも、お店のテーブルの上にもいてみんなに可愛がられたと記憶している。
真っ白な毛で「モヘア」という名を長女が付けた。
初美の肩に乗ると背中に垂れた太めの尻尾をゆらゆらと気持ち良さそうにいつまでも揺らす。唯一、モヘアの初美と居る至福の時だったようである。
初美が前の家に引っ越す前の家の時、幼いモヘアは水を嫌わず、初美が入浴中の風呂場に入ってきて湯船の縁に小さな足で乗っかってきたらしい。歩いているうち湯の中に落ちたこともあり、慌ててタオルで拭いて肩に乗せていたのが癖になったのではないか?と言っていた。
モヘアはもし、人として生まれていたら「マリア様」か「観音様か?」というほど優しくおとなしい猫だった。それも初美が心から命あるものをいつくしんでいたからだろうと私は思っている。
ソメタとソメコの名は私が付けた。ソメタもソメコも目の色がブルーと茶色、しかしソメタだけ生まれつき障害がありその為片目を摘出する手術をして命は助かったが片目が失明してしまった。ソメコと、そのあと生まれたミミとも仲良しで兄弟の中では一番性格が優しかったと初美は言っていた。そのソメタが前の家に引っ越してから一年目、家猫だったソメタが姿を消した。初美が必死に探したがとうとう一年経ち、二年経っても帰ってこなかった。
もうひとりの兄弟のソメコは大の人見知り。初美にしか気を許ず、誰が行っても隠れてしまう。子猫をすこし大きくした位の体でモヘアの毛並みを受け継いで真っ白、だが毛足はそんなに長くない。

ミミはソメタとソメコの半年遅れの妹。
ミミが生まれた時一緒に産まれた子が死産で、そのままにしておけないと早々に初美が葬ってしまった。これがモヘアにとってかなりショックだったらしく、モヘアはミミを初美にも手の届かない所へ隠し始めた。時々私が行ってもほとんど隠れて出てくる事も目にする事もなかった。ミミの雰囲気、グレーのトラ、モコモコとした太めの体つきの割りには小顔という姿は一番私には可愛く思えていたので残念でしょうがなかった。

ひとり残ったソメコはモヘアとは一年しか違わない歳である。けれど相変わらず小さく階段近くの、階下の気配が判る所でまるで子猫の様に丸くなって寝ている。

モヘアが亡くなる一ケ月前から人懐こくなっていたのが、今では私の胸の上でムギュムギュを繰り返し、私の顎鬚の辺りに顔を擦り付けてくる。あの逃げ回っていた頃がうその様である。
可愛さを越してソメコの「寂しさ」が伝わってくる。 ソメコは今、私に命の愛おしさと温もりを教えてくれる存在になっている。そばの低い机の上にミミとモヘアとソメコが一緒に移った写真が大切に飾られている。

P.S  随筆風にしたため、敬称略で書きました。
初美はキッシ-の事

 

たんぽぽの夢

 

春の風が吹く道にタンポポが茎を伸ばしています。

この間観たときは未だ綿毛も出ていませんでしたが・・・

きょうは 風に飛んで行くところを観る事ができました。

前にも書いた記憶がありますが、タンポポの凄さは
その花が綿毛になって飛んいくまでにあります。

先ず、蕾から花を咲かせます。
次に咲き終わった花は茎を地面近くに下げて、綿毛になり種を付ける迄待ちます。
タネが飛ばせるまでになった時、はじめて、元の様に茎を伸ばし風を
待つのです。
これから飛んでいく綿毛の邪魔をしないように、他の花はその茎を伸ばすことはありません。
タンポポの葉はロケット状でまーるくなって陽の光をいっぱいに浴びる事が出来る様に広がっています。これはとても分かりやすく皆さんも良く知っておられます、
それにしても、この綿毛が飛んで行く先を考えた事ありますか!
どこかに、根が張れるところへちゃんと種が落ちる確率はとても今の街中では低いと思います。
それでも、タンポポは「信じて」種を風に乗せるんだな!!と思ったらなんかとても泣けてきました。

 

 

終わってみて知ったこと・・・・

 

        身近は「ダメ!」とはなんだ?・・・・・・・・・・・・・
と思われるかも知れませんが、ちょと考えれば
あ~そういう事、と思い当たる筈。
久し振りに休暇をとって一人旅をしたら町内の人に出会ったとか・・・・・・
自分だけの大切な「隠れ家的な」と思っていた所で昨日会ったばかりの
人と出会った!など・・・・

今回初挑戦した「舞台」という場は人生で初の「役者」をするという「場」でした。
そこで自身の仕事場に近いとか、仕事場を知っているとか、の方々と出逢ってしまったのです。しかも何人もの
かの「樹木希林」さんが普段の生活では「人に会いたくない」と語っておられました。それがとてもよく解るのです。何故か?多分「舞台」にしても「映画」、「テレビのドラマ」など、出られる役者の方々は、非日常を楽しむことだからだと思うのです。ところがここに「日常」を持ち込まされると「うんざりする」のです。

そろそろ時間も経って、今回、舞台稽古中これに悩まされていたんだ!と言う事が解ってきました。これは経験したものでないと解らない事かも知れませんが、殊に「お店」というものを介していると、中々なのです。

ひろちゃん

” ちゃんち ”として役者デビューします。

この度 わたくしことながのひろゆき(本名:永野博之)は”ちゃんち”として役者デビューする運びになりました。つきましては・・・・隅から隅まで、ずずずぃーと御引き立て奉りますよう御願奉ります。

ということで、この頃ではとにかく「舞台」に関するものならなんでも、今まで観なかった宝塚のステージオン・・・とかまで観ては勉強しています。
「演じる」とは、「舞台」とは、それまで役者は演出家はどんな気持ちで何を考えるのか?など
これを学んでいくと何が見えてくるのか?本番の8月25日、26日まで
これをしばらく考え、取り上げて皆さんに読んで頂きたいと思っています。
お付き合いください。

舞踏家 白神ももこさんと舞台上で「母の日」
で、クタクタの私(ちゃんち)

レジェンド・オブ・LIVE 2018.8.25 (土) /  26(日)

 

ベティブーフはいつまでも・・・・・

 

 

不思議な感覚です。「 パルコ 」(東京系)に続いて
「 Oh!Me 大津テラス 」(大阪系)なるものが出来ました。
ここまできて、はっきり判ったことがあります。
それは、その感性がない人たちがいくらやっても間に合わない!
という事です。確かにまだ「パルコ」の方がズーッとましだったかもしれません。がそれを維持できるだけのものを大津の消費者は持っていなかった。
そして、同時に大津市民は左程「大津」に誇りを持っていないのかも知れない。「滋賀」や「琵琶湖」には多少胸を張ることはあってもお隣は山を越えた「京都」であり、近所の大津の人ではないのではないか?

この地でなんとか43年やってきたけれど、
「ここは便利です」という他府県からの方も近隣から引っ越された方も言われます。たしかに「便利なところ」ではありそうです。でも、「文化」らしいものは何も育てていない!
ひとえに行政の側に「人を惹きつける!」という感性と指針がない!
ナイナイづくしに書いていますが、例えば「駅舎」ひとつとっても、日本中同じ雰囲気ばかりでどこに降りてもそこが何処か判る駅舎は無いに等しい。
大分に湯布院というところがあります。今では温泉好きな人ならば知らない人はない程有名になりました。ここの駅舎が古くなったというのでJRは新しく作り直したのですが、これが先程も言ったどこにでもある建物(駅舎)。これまで町おこしで頑張って来られた中谷さん(映画助監督迄されたけれどその道をあきらめ、大分の有名旅館を継がれ湯布院にこの温泉の別荘ともいえる特別な温泉宿を開かれ、ここ湯布院を一躍有名にされた方):湯布院映画祭まで毎年開催/等、がこれに猛烈に反発して駅舎を改築!湯布院らしいどこにもない雰囲気の駅舎にしました。
今では、この駅舎から湯布院の温泉に続く路は溢れんばかりに賑わっています。全国に温泉ブームが起こる先駆け的存在の街です。
どこにだって十分にその良さを引き出せば多くの人を世界中から集められる!そんな日本の風土を生かし切れないのは、先ずはそこに住む人たちがその良さを判っていない!事。そしてもう一つはそれを牽引する行政に感性がない!生かし切れないという欠点に気がついていない事です。気がつくにも感性が必要なため遅れるところはいつまでも遅れたまま!となります・
「近江商人」はこの滋賀(近江)で商売をしていません!商売は外で学んでいます。事業の成功も他府県の都会です。

 今でも、大津が学ばなければならない事は「他」の地からです。
これを特に引っ張る行政に「他府県」の感性のある方たちが入らなければ多分これからも大津は県庁所在地でありながら特色のある魅力のある街づくりは期待は出来ません。

 東京はマスメディアによる宣伝効果で全国に発信できる強みをもっています。あらゆる文化の集中です。
大阪は大阪人のよって立つプライドがあります。関西はイコール大阪であり、歴史的にも多分京都は関西から独立した存在です。
では
滋賀はどうなのか?大津は?と考えてくると少々暗澹たる気持ちになってきます。
43年前、私の店を東京に出していたならば相当に有名な店になっていたであろうことは皆さんが認めて下さいます。お店の前を通って寄って下さる海外の方たちも同様に言って下さいます。
時間は不可逆性のもの決して戻ることも。「もしも・・」は言っても意味がありません。であるからこそ、私はこの通り、この街が変わって欲しいと心から祈っています。その為にもこの地の良さを十分にわきまえた街づくりが必要です。

 勿論!これからもベティブーフは「ときめき坂」の大切な役割を果たしてゆきたいと思っています。

皆さんの応援を心からお願い申し上げます。

 

生きている花は枯れます。

 

 

( それは私達と同じ )

「生命」です。  「良く出来たぬいぐるみ」と同じで表情が変わりません。

生きている花は心のかけ方で「生命」の長さが変わります。 生きている花は人に見られている事を知っています。だからこそ沢山の花が植物がこの世界に満ちています。美しく咲く事は花達にとって「生きる」ことなのだと思います。勿論花粉を運んでくれる昆虫や鳥や、そして種を運ぶ「風」の存在まで知っています。その美しさを残そうとして人は造花というものを生み出しました。アートフラワー、即ち芸術花というものです。でも、どんなに見事でもそれは自然のものではなくそれをまねたものでしかない事を知っていて欲しいと思います。    わたしはこの頃、皆さんに良く言う言葉があります。それは「花は飾る」ものではなく「活ける」ものだと。「飾る」と「活ける」それは「手を掛ける」かどうか!の違いです。 「手を掛け飾った花」は私達に微笑んでくれます。その命のある限り!これこそが花を「活けて・・飾る」事なのではないかと思います。一日一日が大切な日、特別な日!だからこそ私は造花ではなく「生きている花」を飾りたいと思います。
 そんな想いでベティブーフは造花は扱っていません。毎日大切な生命ある花と向き合っています。
 生きた花の中での仕事は「香り」に包まれています。

きょうはベティブーフの歴史と仕事のはなし  (1)

 

きょうは私にとって一番大切な仕事の話をさせて頂きたと思います。

このメッセージをどこでどのように観て頂くのがベストか?などと言っている時間がもったいないので一気に書かせて頂く事にしました。かなりきつめの話になるかもしれせんがご容赦くだい。

これを書いている(叩いている)間もP.Cは様々に邪魔をしてきます。困ったものです。ふつう原稿用紙に向かっているならばあり得ない出来事です。 そもそもそのための万年筆がデパートに売っていない!ってどういうことですか?「文房具屋」ですか?

・・文房具屋さんはどこにありますか?

・・新鮮な魚をいつでも目の前でさばいてくれる魚屋さんはありますか?料理の仕方をさっさと言ってくれるおじさんのいる店です。

・・本の名前を言ったら「それならこちらです」とパソコンを見ることなくコーナーまで案内してくれる本屋さんはありますか?

・・探しているものがどこにあるかその商品のノウハウや他商品との違いを教えてくれる人がすぐに見つかる大工センターはありますか?

・・まだまだ皆さんにお聞きしたいことは山ほどありますが多分簡単に教えていただけるとは思わないのでこれはここまでにします。

で、本題に・・・・・。

 

 

パルコ 最終日 8月31日に想うこと

 

今日は2017年8月30日(水)で、明日31日がパルコ最終日・閉店日です。たかだかひとつの大型ショッピングビルが無くなる。」と考えておられる方には意味のない話かも知れません、まして、「そんなに行かなかった!」と言う方であれば特にそうであろうと思います。

唯、ここにあったテナント、例えば「ユニクロ」「紀伊国屋」「タワーレコード」レストランでは「カプリチョーザ」「かつや」そして一階メインにあって待ち合わせには便利だった「スターバックス」も無くなります。
これは大事ではありませんか?私は大事だと思っています。

40余年ここにベティブーフを開いて、何軒ものテナントが消えてゆきました。「マクドナルド」「ミスタードーナッツ」など地域によってはちゃんと営業している有名店舗、そして多くの業種のテナント等です。それはそれなりに理由があるでしょうが、県庁所在地・大津市で一番人通りがあるとされる此処で、これらの有名店が一斉に無くなるというのは前代未聞ではないでしょうか? 唯一「西武 大津ショッピングセンター」が頑張ってくれています。

唯、単に「パルコ」が無くなるという事ではない気がします。パルコ後は「新しく何かが入る」とは聞いていますが、そこに本当にあって欲しいものがちゃんと入ってくれることを祈って止みません。

そして、もうひとつ、これから私達の生活のスタンスをどうするのか? 今迄多くの小売・商店が消えていった理由と私達の買い物の仕方・・・ をよーく考えなければいけないと思うのです。

Hiro 

Facebook  ベティブーフ https://www.facebook.com/tokimekizaka/?ref=aymt_homepage_panel

『 ごみ 』 の話

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公園に散っている落ち葉は『 ごみ 』とは誰も思わない!

では、こちらは

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公園の前の道に散る『 落ち葉 』 はどうなんでしょう??

お店の前辺りから膳所駅~そして~西武前の北町公園~と

掃除をさせて頂くようになって『 ごみ 』 と呼ばれる物から

色々な事を教わりました。 そして、

秋が深まってきて散る『 落ち葉 』を拾いながらもう一つ大切な事

を教わりました。

「空」や「海」、そしてこの地は勿論  『吹く風』 もそして『 ごみ 』にも

『境界』などというものは無いという事を学ばせて貰いました。

そして『 本当の自然の中ではごみは出ない 』 ということです。

山道に落ちている枯葉を誰も 『 ごみ 』 とは思わない

でも、舗装された道に落ちる枯葉を人は 『 ごみ 』 と考える。

そして 山道や野原だけでなく人が落とすすべての物は

『 ごみ 』になる。 即ち、

「 人間の手の加わった物や人間社会で作られたもの 」は

ほとんどすべて『 ごみ 』 になるのです。

「人間が必要と考え作りだした物が 『ごみ』 になってしまう」

一番 「 私達が考えなければいけない事 」 ではないかと,

そして、『 ごみ 』 を出さない生活を人間が出来た時、初めて人間は

この世界に『 在って 』 いい存在になるのではないでしょうか即ち

『 ごみ 』 ではない存在になる ということだと思うのです。

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HIRO

 

 

 

 

 

 

 

何故かわくわく!!して

 

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ブーン ブーンン ブーン ブブ~ン  。。。。。。

の音に外に出て真っ青に晴れ渡った空を見上げました。

いつものヘリコプター?と思っていたらこんなもの

(飛行船)が飛んでいました。

悠悠としている割には大きなプロペラの音です。

写真ではお月様を撮った時の様にしか映りませんが、

まあま~低く飛んでいました。昔は良く飛んでいましたが

今は珍しいですよね!子供の頃のわくわく感は未だ健在のようです。

少し寒いくらいの風が吹く爽やかな空に何気なく浮かぶ様子がが何とも

言えない、、

でも空を見上げているのは私だけ、残念ですが道を行く人は

誰も見ていませんでした。

HIRO