カテゴリー別アーカイブ: ひろちゃんの日記

撮る物が違う

七条大橋上から・・・
気持ち良くて暫く佇んでいたら
遠くに見えるJR線と新幹線 🚃 🚉
何台か通るのが見えました。

繁華街から少し離れただけで
人も少なく静かな雰囲気・・・

雨上がりな感じもしっとりしてます。
ひろちゃんが
「滋賀は琵琶湖、京都は鴨川があるから
空と風を感じられて涼やかだね」
確かに・・・
京都は盆地で夏の暑さ(湿度の高さ)半端ないって聞きますが
鴨川と地下水が豊かなお陰で
そんな暑さも少しましに感じるかも?

置物の様にじっとしてるけれど
これはれっきとした作戦~!
川の中の獲物を採る瞬間を見定めています。

跳んだね~!

そして・・・
此処にも君~!

これらはひろちゃん撮りです。

そして・・・
まだまだつづく・・・

kissy

 

ほんの僅かでも・・生き残るために

「運命何てあるのか?」
急に明るくなった狭い床で、
「まさか!」なんて思ったかどうか? でも
急に、その床の上、慌てて動き回わるお前は
身の危険が迫ってくるのが判っているようだ。
でも、それは一瞬の事!
なんの前触れもなくお前は私に潰され死んだ。
私にもこれといった「潰す事」ことの正しいという
理由なんてない。ただ、いつもお前と同じ動きで、
大きさが違う仲間か?親か?に驚かされると、ただ、
「嫌だ!」と思ってはいたのだ。ず~っと。
その仲間も皆、私は処分してきた。
もう、習慣に近い。

潰されるおまえにだって理由なんて多分判っていない。
けれど、急な明るさと、人間の気配がするだけで逃げ惑う
様になったのも、それは同じように習慣になってしまった
のだと思う。君たちの生き残る手段が人間には理解できない
というだけで嫌われる生き物は他にもいる。

ただ、私には殺虫者、殺ゴキブリ者という罪の意識が
ひとかけら、心の奥にあるのを知っている。そのひと
かけらの罪の意識がもしかして、人類を救うことだって
あるかもしれない。
いや、あって欲しいと思ったりしている。

今年初の舞台観劇は・・・

観終わって帰る頃・・・
まだ18時前なのにもう真っ暗でした。

一年ぶりの「京都造形芸術大学」

   

 

1ケ月前に咲良ちゃんから届いた手紙に同封されていた
咲良ちゃん在籍の「舞台芸術学科」
卒業製作公演のチラシ。
これはどうしたって時間作って観に行かなきゃdouble exclamation

14時~の部
開演10分前に到着でバタバタ。
ゆとりで出発したのに!!
京都は激混みだった~(も~がまん顔

  

いつもの春秋座を横目に・・・
大学内にある studio21へ向かいます。
studioって言っても小劇場並み。
下北沢のザ・スズナリに似た感じでした。

 

・・・→ ・・・観劇中 ・・・→・・・

今回上映時間が3時間!
途中15分休憩をはさみます。

休憩時間は会場横から外の空気を吸いに出てみました!

あっ、メメとメルに似たネコちゃん。
周りを見渡してなるほど・・・

大学では地域猫をお世話するサークルがあります。
そのすぐ近くだったのです。

・・

 

ここの校舎は瓜生山をうまく利用して建っているので・・・
迷路みたいだったり。

 

今まで気が付か行ってない場所もたくさんあって、
今回こんな階段を発見しました double exclamation
落石?
ではなくて・・・

色んな所で遊び心を発見出来るのも、お楽しみのひとつです。

休憩時間終了~

 

 

・・・ → 観劇中 → ・・・


久し振りに観た3時間という長丁場の舞台。
原作:鈍獣
作:宮藤官九郎
2004年にPARCO劇場にて初上演
演劇ユニット「ねずみの三銃士」書き下ろし作品

その時の主演「生瀬勝久・池田成志・古田新太・・・」
誰がどの役を演じたのかなぁ~?

ホストクラブが舞台なのと・・・
作品自体少しシュールで台詞自体にも
官九郎さんの世界観は漂っていました。

学生さん達が作り上げた舞台の完成形はプロ並み!!
凄かったのは、暗転なしにほぼ6人が作り上げる舞台。
そしてなかなかの台詞の量double exclamation 圧巻でした。
最後のオチもしっかりと!

多分凄いエネルギーを消耗されたとは思いますが
この舞台を作り上げた仲間との達成感は半端ないはずです。

江田っち・・・声の渋さ、沢山印象に残っていますが
何と言っても、円形脱毛症のくだりは最高でした。

岡本さん(役名と本名一緒)
声が可愛くて声優でもいけそう。

あ~、凸川さん。
私、今回出演された役で、凸川さん一番好きでした。
最後までエレベーターから出てきてくれてありがとう。
声の雰囲気も漂ってる雰囲気も、良かったです。

順子ママ・・・この舞台の企画・演出そして出演!
ずっと赤いチャイニーズドレス姿で、体当たりな演技でした。

静さん・・・最初から最後まで、ずっと可愛らしい記者役。
台詞も多かったですよね~。

ノラさん・・・あのぶりっ子が似合う人、そういません。
雰囲気も声もピッタリで可愛かったです。

アキラ・・・唯一台詞ゼロの人、でも良いお仕事でしたね。

kioskのおばちゃん・・・笑わせて頂きました。

 

今回は演出助手の他、
小道具・宣伝美術も担当した咲良ちゃんでした。

沢山の裏方さんはじめ、出演される皆さんと沢山の準備、
稽古等、本当にお疲れ様でした。

今日は12時開演。
チャンチことひろちゃんが駆け付けてるはずです。

 

いよいよ、来年4月は東京新国立劇場だね。

卒業式前は多分稽古で東京だ~!

勿論、観に行くよ~!!
ファイト パンチ

kissy

駆け付けましたよ!!! 今日は私こと「ちゃんち」が
で私からの報告です。

 という訳で、出演者のみなさんといっぱい
お友達になってきちゃいました。

勿論!この子達とも

ひろちゃん

Face book   ながのひろゆき

ベティブーフ

 

残して置きたい・・モヘアとソメコ、ソメタ、ミミの話

 

この夏、ソメコとソメタ、そしてミミを産み二十二年の長寿を全うした母猫が八月五日に初美に見守られながら静かに亡くなった。

膳所駅で捨てられていた猫のうち最後に残っていた子猫が初美の元に来た。だから、しばらくはお店にも、お店のテーブルの上にもいてみんなに可愛がられたと記憶している。
真っ白な毛で「モヘア」という名を長女が付けた。
初美の肩に乗ると背中に垂れた太めの尻尾をゆらゆらと気持ち良さそうにいつまでも揺らす。唯一、モヘアの初美と居る至福の時だったようである。
初美が前の家に引っ越す前の家の時、幼いモヘアは水を嫌わず、初美が入浴中の風呂場に入ってきて湯船の縁に小さな足で乗っかってきたらしい。歩いているうち湯の中に落ちたこともあり、慌ててタオルで拭いて肩に乗せていたのが癖になったのではないか?と言っていた。
モヘアはもし、人として生まれていたら「マリア様」か「観音様か?」というほど優しくおとなしい猫だった。それも初美が心から命あるものをいつくしんでいたからだろうと私は思っている。
ソメタとソメコの名は私が付けた。ソメタもソメコも目の色がブルーと茶色、しかしソメタだけ生まれつき障害がありその為片目を摘出する手術をして命は助かったが片目が失明してしまった。ソメコと、そのあと生まれたミミとも仲良しで兄弟の中では一番性格が優しかったと初美は言っていた。そのソメタが前の家に引っ越してから一年目、家猫だったソメタが姿を消した。初美が必死に探したがとうとう一年経ち、二年経っても帰ってこなかった。
もうひとりの兄弟のソメコは大の人見知り。初美にしか気を許ず、誰が行っても隠れてしまう。子猫をすこし大きくした位の体でモヘアの毛並みを受け継いで真っ白、だが毛足はそんなに長くない。

ミミはソメタとソメコの半年遅れの妹。
ミミが生まれた時一緒に産まれた子が死産で、そのままにしておけないと早々に初美が葬ってしまった。これがモヘアにとってかなりショックだったらしく、モヘアはミミを初美にも手の届かない所へ隠し始めた。時々私が行ってもほとんど隠れて出てくる事も目にする事もなかった。ミミの雰囲気、グレーのトラ、モコモコとした太めの体つきの割りには小顔という姿は一番私には可愛く思えていたので残念でしょうがなかった。

ひとり残ったソメコはモヘアとは一年しか違わない歳である。けれど相変わらず小さく階段近くの、階下の気配が判る所でまるで子猫の様に丸くなって寝ている。

モヘアが亡くなる一ケ月前から人懐こくなっていたのが、今では私の胸の上でムギュムギュを繰り返し、私の顎鬚の辺りに顔を擦り付けてくる。あの逃げ回っていた頃がうその様である。
可愛さを越してソメコの「寂しさ」が伝わってくる。 ソメコは今、私に命の愛おしさと温もりを教えてくれる存在になっている。そばの低い机の上にミミとモヘアとソメコが一緒に移った写真が大切に飾られている。

P.S  随筆風にしたため、敬称略で書きました。
初美はキッシ-の事

 

たんぽぽの夢

 

春の風が吹く道にタンポポが茎を伸ばしています。

この間観たときは未だ綿毛も出ていませんでしたが・・・

きょうは 風に飛んで行くところを観る事ができました。

前にも書いた記憶がありますが、タンポポの凄さは
その花が綿毛になって飛んいくまでにあります。

先ず、蕾から花を咲かせます。
次に咲き終わった花は茎を地面近くに下げて、綿毛になり種を付ける迄待ちます。
タネが飛ばせるまでになった時、はじめて、元の様に茎を伸ばし風を
待つのです。
これから飛んでいく綿毛の邪魔をしないように、他の花はその茎を伸ばすことはありません。
タンポポの葉はロケット状でまーるくなって陽の光をいっぱいに浴びる事が出来る様に広がっています。これはとても分かりやすく皆さんも良く知っておられます、
それにしても、この綿毛が飛んで行く先を考えた事ありますか!
どこかに、根が張れるところへちゃんと種が落ちる確率はとても今の街中では低いと思います。
それでも、タンポポは「信じて」種を風に乗せるんだな!!と思ったらなんかとても泣けてきました。

 

 

終わってみて知ったこと・・・・

 

        身近は「ダメ!」とはなんだ?・・・・・・・・・・・・・
と思われるかも知れませんが、ちょと考えれば
あ~そういう事、と思い当たる筈。
久し振りに休暇をとって一人旅をしたら町内の人に出会ったとか・・・・・・
自分だけの大切な「隠れ家的な」と思っていた所で昨日会ったばかりの
人と出会った!など・・・・

今回初挑戦した「舞台」という場は人生で初の「役者」をするという「場」でした。
そこで自身の仕事場に近いとか、仕事場を知っているとか、の方々と出逢ってしまったのです。しかも何人もの
かの「樹木希林」さんが普段の生活では「人に会いたくない」と語っておられました。それがとてもよく解るのです。何故か?多分「舞台」にしても「映画」、「テレビのドラマ」など、出られる役者の方々は、非日常を楽しむことだからだと思うのです。ところがここに「日常」を持ち込まされると「うんざりする」のです。

そろそろ時間も経って、今回、舞台稽古中これに悩まされていたんだ!と言う事が解ってきました。これは経験したものでないと解らない事かも知れませんが、殊に「お店」というものを介していると、中々なのです。

ひろちゃん

” ちゃんち ”として役者デビューします。

この度 わたくしことながのひろゆき(本名:永野博之)は”ちゃんち”として役者デビューする運びになりました。つきましては・・・・隅から隅まで、ずずずぃーと御引き立て奉りますよう御願奉ります。

ということで、この頃ではとにかく「舞台」に関するものならなんでも、今まで観なかった宝塚のステージオン・・・とかまで観ては勉強しています。
「演じる」とは、「舞台」とは、それまで役者は演出家はどんな気持ちで何を考えるのか?など
これを学んでいくと何が見えてくるのか?本番の8月25日、26日まで
これをしばらく考え、取り上げて皆さんに読んで頂きたいと思っています。
お付き合いください。

舞踏家 白神ももこさんと舞台上で「母の日」
で、クタクタの私(ちゃんち)

レジェンド・オブ・LIVE 2018.8.25 (土) /  26(日)

 

ベティブーフはいつまでも・・・・・

 

 

不思議な感覚です。「 パルコ 」(東京系)に続いて
「 Oh!Me 大津テラス 」(大阪系)なるものが出来ました。
ここまできて、はっきり判ったことがあります。
それは、その感性がない人たちがいくらやっても間に合わない!
という事です。確かにまだ「パルコ」の方がズーッとましだったかもしれません。がそれを維持できるだけのものを大津の消費者は持っていなかった。
そして、同時に大津市民は左程「大津」に誇りを持っていないのかも知れない。「滋賀」や「琵琶湖」には多少胸を張ることはあってもお隣は山を越えた「京都」であり、近所の大津の人ではないのではないか?

この地でなんとか43年やってきたけれど、
「ここは便利です」という他府県からの方も近隣から引っ越された方も言われます。たしかに「便利なところ」ではありそうです。でも、「文化」らしいものは何も育てていない!
ひとえに行政の側に「人を惹きつける!」という感性と指針がない!
ナイナイづくしに書いていますが、例えば「駅舎」ひとつとっても、日本中同じ雰囲気ばかりでどこに降りてもそこが何処か判る駅舎は無いに等しい。
大分に湯布院というところがあります。今では温泉好きな人ならば知らない人はない程有名になりました。ここの駅舎が古くなったというのでJRは新しく作り直したのですが、これが先程も言ったどこにでもある建物(駅舎)。これまで町おこしで頑張って来られた中谷さん(映画助監督迄されたけれどその道をあきらめ、大分の有名旅館を継がれ湯布院にこの温泉の別荘ともいえる特別な温泉宿を開かれ、ここ湯布院を一躍有名にされた方):湯布院映画祭まで毎年開催/等、がこれに猛烈に反発して駅舎を改築!湯布院らしいどこにもない雰囲気の駅舎にしました。
今では、この駅舎から湯布院の温泉に続く路は溢れんばかりに賑わっています。全国に温泉ブームが起こる先駆け的存在の街です。
どこにだって十分にその良さを引き出せば多くの人を世界中から集められる!そんな日本の風土を生かし切れないのは、先ずはそこに住む人たちがその良さを判っていない!事。そしてもう一つはそれを牽引する行政に感性がない!生かし切れないという欠点に気がついていない事です。気がつくにも感性が必要なため遅れるところはいつまでも遅れたまま!となります・
「近江商人」はこの滋賀(近江)で商売をしていません!商売は外で学んでいます。事業の成功も他府県の都会です。

 今でも、大津が学ばなければならない事は「他」の地からです。
これを特に引っ張る行政に「他府県」の感性のある方たちが入らなければ多分これからも大津は県庁所在地でありながら特色のある魅力のある街づくりは期待は出来ません。

 東京はマスメディアによる宣伝効果で全国に発信できる強みをもっています。あらゆる文化の集中です。
大阪は大阪人のよって立つプライドがあります。関西はイコール大阪であり、歴史的にも多分京都は関西から独立した存在です。
では
滋賀はどうなのか?大津は?と考えてくると少々暗澹たる気持ちになってきます。
43年前、私の店を東京に出していたならば相当に有名な店になっていたであろうことは皆さんが認めて下さいます。お店の前を通って寄って下さる海外の方たちも同様に言って下さいます。
時間は不可逆性のもの決して戻ることも。「もしも・・」は言っても意味がありません。であるからこそ、私はこの通り、この街が変わって欲しいと心から祈っています。その為にもこの地の良さを十分にわきまえた街づくりが必要です。

 勿論!これからもベティブーフは「ときめき坂」の大切な役割を果たしてゆきたいと思っています。

皆さんの応援を心からお願い申し上げます。

 

生きている花は枯れます。

 

 

( それは私達と同じ )

「生命」です。  「良く出来たぬいぐるみ」と同じで表情が変わりません。

生きている花は心のかけ方で「生命」の長さが変わります。 生きている花は人に見られている事を知っています。だからこそ沢山の花が植物がこの世界に満ちています。美しく咲く事は花達にとって「生きる」ことなのだと思います。勿論花粉を運んでくれる昆虫や鳥や、そして種を運ぶ「風」の存在まで知っています。その美しさを残そうとして人は造花というものを生み出しました。アートフラワー、即ち芸術花というものです。でも、どんなに見事でもそれは自然のものではなくそれをまねたものでしかない事を知っていて欲しいと思います。    わたしはこの頃、皆さんに良く言う言葉があります。それは「花は飾る」ものではなく「活ける」ものだと。「飾る」と「活ける」それは「手を掛ける」かどうか!の違いです。 「手を掛け飾った花」は私達に微笑んでくれます。その命のある限り!これこそが花を「活けて・・飾る」事なのではないかと思います。一日一日が大切な日、特別な日!だからこそ私は造花ではなく「生きている花」を飾りたいと思います。
 そんな想いでベティブーフは造花は扱っていません。毎日大切な生命ある花と向き合っています。
 生きた花の中での仕事は「香り」に包まれています。

きょうはベティブーフの歴史と仕事のはなし  (1)

 

きょうは私にとって一番大切な仕事の話をさせて頂きたと思います。

このメッセージをどこでどのように観て頂くのがベストか?などと言っている時間がもったいないので一気に書かせて頂く事にしました。かなりきつめの話になるかもしれせんがご容赦くだい。

これを書いている(叩いている)間もP.Cは様々に邪魔をしてきます。困ったものです。ふつう原稿用紙に向かっているならばあり得ない出来事です。 そもそもそのための万年筆がデパートに売っていない!ってどういうことですか?「文房具屋」ですか?

・・文房具屋さんはどこにありますか?

・・新鮮な魚をいつでも目の前でさばいてくれる魚屋さんはありますか?料理の仕方をさっさと言ってくれるおじさんのいる店です。

・・本の名前を言ったら「それならこちらです」とパソコンを見ることなくコーナーまで案内してくれる本屋さんはありますか?

・・探しているものがどこにあるかその商品のノウハウや他商品との違いを教えてくれる人がすぐに見つかる大工センターはありますか?

・・まだまだ皆さんにお聞きしたいことは山ほどありますが多分簡単に教えていただけるとは思わないのでこれはここまでにします。

で、本題に・・・・・。